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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)6389号 判決 1983年9月30日

原告

藤野千秋

被告

朝日火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五七年九月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年二月一六日午前〇時過ぎ頃

(二) 場所 大阪府南河内郡太子町一八三四番地山本勇方

(三) 加害車 普通乗用自動車(登録番号泉五七ふ三三七四号、以下「本件自動車」という。)

右運転者 原告

(四) 被害者 山本勇

(五) 態様 原告が本件自動車を運転して走行中、先行する車両を追い越そうとして速度を出し過ぎ、ハンドル操作を誤つた過失により、山本勇方に車両を突つ込ませて、山本方建物の一部及び家具商品等を損壊したもの。

2  損害の発生及び支払

山本勇は、本件事故により、家屋損傷修理代及び家具商品損傷代等として総額一一一万三八六〇円相当の損害を蒙つたので、原告は、昭和五六年二月二九日山本勇に一〇〇万円を支払つたうえ、同年三月五日、原告、本件自動車の所有者である深山秀武及び山本勇との間で、本件事故につき損害金一一一万三八六〇円及び見舞金二〇万円を原告と深山秀武が連帯して支払う旨の示談が成立した。

3  保険契約

深山秀武は、昭和五五年一〇月二八日、被告との間で本件自動車につき保険証券記載の被保険者を深山秀武とし、保険期間を右同日から昭和五六年一〇月二八日までとする自動車対人対物賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

右契約の内容については、被告の定めた自動車保険普通保険約款の定めるところによるが、同約款第一章賠償責任条項は次のとおり規定されている。

第二条 (対物賠償)

当会社は、被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の財物を滅失、破損または汚損することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を――(中略)――てん補します。

第三条 (被保険者)

(1) この賠償責任条項において、被保険者とは次の者をいいます。

(1) 保険証券記載の被保険者(以下「記名被保険者」という)

(2) 省略

(3) 記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者 但書以下省略

(4) 省略

4  原告の被保険者性

(一) 本件自動車は、深山秀武が、本件事故当時未成年であつた息子の深山契に買い与え、深山契が暴走用に改造を加え、もつぱらレジヤーに使用していたものであり、深山秀武は、深山契が本件自動車を同人の友人等に使用させることを含め、一切の管理を包括的に契に一任していた。

(二) 原告は、本件事故発生日の前日の午後一一時ころ、大阪府松原市の自宅付近の飲食店で中学生時代上級生であつた深山契、稲田直幸、中浦邦夫に出会い、誘われて共に飲食した後、本件自動車に同乗し、当初中浦の自宅まで行くということで中浦邦夫が運転して出発した。ところが途中で深山契の友人宅へ遊びに行くことになり、本件事故現場付近に至つたが、道に迷つてしまい、深山契と中浦邦夫が降車して、エンジンもかけ放したまま友人宅を探しに車を離れたところ、原告は、無免許であつたが、本件自動車を方向転換しておこうと思い、同乗の稲田直幸の同意を得て、運転を開始したところ、前記のとおり本件事故を惹起したものである。

(三) 以上のとおり、本件保険契約の記名被保険者深山秀武は、本件自動車の使用を息子の深山契に包括的に一任していたところ、深山契は、本件事故発生前本件自動車を離れた際、車中に残つた原告と稲田直幸に本件自動車の使用、管理を任せたものであるから、本件保険契約の記名被保険者深山秀武は、本件自動車を息子の深山契の友人等が使用することを黙認していたものである。従つて、原告は、自動車保険普通保険約款第一章第三条第一項第三号の「記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者」に該当し、同約款第一章第二条により被保険者として、被告保険会社から保険金を請求しうることになる。

5  結論

よつて、原告は被告に対し保険金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の内原告が車両を暴走させて山本勇方に突つ込み同人方の建物の一部及び商品を損傷させたことは認めるが、その余はいずれも不知。

2  同2は不知。

3  同3は認める。

4  同4の内原告が無免許運転であつたことは認めるが、その余は不知もしくは争う。本件自動車は本件事故発生の四か月前に深山秀武がその購入代金、登録費用、任意保険保険料等を支出して登録しており、同人自身も本件自動車を運転、使用することもあつたし、日常深山契に自由に使用させていたとはいえ、他人に貸してはいけないと十分注意をしていた。本件事故発生直前深山契がエンジンをかけたまま降車したのは、当時冬の寒い日であつたから車内に残る原告及び稲田のためにヒーターやラジオが止まらないようにするためであつて、深山契は原告に本件自動車を自由に運転させるつもりはなかつた。原告がいわゆる許諾被保険者の地位を得るためには記名被保険者の深山秀武の直接の承諾が必要であるが、本件においては明示黙示を問わず同人は承諾していない。また記名被保険者の同居の親族である深山契の承諾を媒介としたといわゆる重畳的許諾は法的に認められないし、本件においては深山契自身も原告に本件自動車の使用を許諾していない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

いずれも原本の存在及び成立ともに争いのない甲第六号証、第一〇号証ないし第一二号証、第一四、第一五号証及び第二四号証並びに原告本人尋問の結果によれば、請求原因1の事実が認められる(原告が本件自動車を暴走させて山本勇方に突つ込み、同人方の建物の一部及び商品を損傷させたことは当事者間に争いがない。)。

右認定事実によれば、本件事故は原告の運転する本件自動車により惹起されたものであり、原告が山本勇に対し、本件事故により同人に発生した損害について不法行為による損害賠償責任を負担することが認められる。

二  損害の発生及び支払

原本の存在及び成立ともに争いのない甲第九号証の一、二及び九、証人馬場キヌエの証言により真正に成立したと認められる甲第一号証並びに証人馬場キヌエ、同深山秀武の各証言によれば、請求原因2の事実が認められる。

三  保険契約

請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

四  原告の被保険者性について

(一)  前掲甲第六号証、第一〇ないし第一二号証、第一四、第一五号証及び第二四号証、原本の存在及び成立ともに争いのない甲第一三号証及び第一七号証、証人深山秀武の証言並びに原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

深山秀武は、本件自動車を購入し、昭和五五年一〇月二八日自己の所有名義で登録をしたが、右購入代金、登録費用、本件保険契約の保険料等は全て同人が負担しており、同人は、本件自動車をその息子深山契に自由に使用させてはいたが、自動車修理工場で一緒に働いている契に対し、事改を起こさないように注意を与えており、他人に貸してはいけないということも言つていた。

深山契は、昭和五六年二月一五日午後一一時前ころ、本件自動車を運転して稲田直幸、中浦邦夫と共に大阪府松原市内高見の里駅前の飲食店で飲食中、中学校の後輩に当る原告も同店にやつて来たので声をかけて共に飲食をした後、同月一六日午前〇時ころ、全員が本件自動車に乗車し、中浦邦夫の運転でまず同人方へ行くことにした。ところが、途中で深山契らの友人宅に遊びに行くことになり、大阪府南河内郡太子町に至つたが、友人宅が見つからず、これを探すため、深山と中浦が降車したが、その際エンジンは停止したものの、キーは差し込んだままであつた。原告は当時一七歳で普通免許は有していなかつた(この点は当事者間に争いがない。)が、深山契が車両を離れていつた後、本件自動車の方向転換をしておこうと思い付き同乗の稲田に告げ、本件自動車を運転し始めたが、酒気を帯びていた勢いもあつて、運転とスピード感を楽しもうと時速約六〇キロメートル位で約一キロメートル走行したところ、先行するタクシーを追い越した後ハンドル操作を誤まり、前記のとおり山本勇方に突込んだものである。

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  以上認定の各事実によれば、本件保険契約の記名被保険者である深山秀武は、本件自動車の使用を通常同居の息子深山契に許していたが、むやみに他人に貸したりしないように注意を与えており、深山契が第三者に本件自動車を使用させることを包括的に許諾あるいは黙認していたとは認められない。また、深山契自身も本件事故の直前友人宅を探すため降車した際無免許である原告に本件自動車を運転させることを承諾していたとは認められない。

(三)  従つて、原告が本件保険契約の記名被保険者の承諾を得て本件自動車を使用または管理中の被保険者であるとは認められないから、原告が右許諾被保険者であることに基づく本訴請求は、その余について判断するまでもなく理由がない。

五  結論

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川誠)

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